理不尽
仲の良かったパートのNさんに聞いた話。Nさんが二十七歳のとき、二人目の子供を授かった。一家はそれまで団地に住んでいたのだが、妊娠を機に一軒家への引っ越しを決めた。さっそく、かねてより目をつけていた中古住宅を購入し、翌月には引っ越し作業を始めた。
家は中古ではあるものの、新築と見紛うほどきれいで、目立った傷や汚れもなく、良い物件を購入したものだと夫婦で喜んだ。
新居で過ごす初めての夜、Nさんはキッチンから聞こえる物音で目が覚めた。何かがきしむような、こすれるような音だ。気にはなったが、引っ越しの疲れからか起き上がるのが億劫で、そのまま眠りについた。
その翌日、長男を保育園にあずけて旦那さんと二人で残りの荷解きをしていると、ふいに旦那さんが足を滑らせて、食器の入った段ボールに肩から突っ込んでしまった。何か所か切ってしまったようで血がたくさんでていた。病院へ行くと、見た目ほどひどくなく、縫う必要はないと診断されたが、大事を取り会社にはもう二日ほど休むと連絡を入れた。
その日の夜、Nさんは再び物音で目が覚めた。音の正体を確認しようとキッチンへ行ったが、特に異変はない。ふいに足裏に振動を感じてかがみこむと、音がより一層大きくなった。どうやら床下から音が聞こえているようだ。次の日そのことを旦那さんに話すと、旦那さんも物音が気になっていたようで、ネズミ駆除業者に連絡することになった。
その夜、Nさんが夕飯の支度をしていると、裏庭から大きな叫び声が聞こえてきた。急いで駆けつけると、息子が口を血だらけにしながら泣いていた。どうしたのかと聞くと、飴を食べたら血が出た、ということを泣きじゃくりながら話した。脇には昨日の割れた食器の破片が転がっていた。青くなってすぐに病院に連れて行ったが、唇の裏を少し切っているだけで、飲み込んではいなかった。ひとまず安心し、何故食器の破片を食べたのかと長男に聞くと、知らない子どもが庭にいて
「飴あげる。」
といって破片を渡されたのだという。Nさんも旦那さんも、そんな子供は見ていないし、息子が言い訳をしているのだろうと思った。しかし割れた食器は前日の内に処分したはずで、なぜ息子が持っていたのかはわからなかった。
その日の夜は、音が一段と激しく聞こえた。大きくなってはっきりわかったが、ガリガリと木をひっかく音である。ネズミが家じゅう走り回っている想像をして、Nさんは身震いした。
引っ越してから四日目の朝、先日依頼したネズミ駆除業者が家を訪れた。業者は キッチンの床下収納に潜ると、五分もしないうちに手に何かをもって上がってきた。湯吞みが一つ入るくらいの大きさの桐箱である。旦那さんもNさんも心当たりはなく、前の住人のものであろうと思った。蓋を開けると、中にはぐるぐると人毛が巻きつけられた人型の紙が三枚入っていた。思わず箱を取り落とすと、巻きつけられた人毛がほどけ、紙になにやら文字が書いてあるのが見えた。内見の際に家にかかっていた表札と同じだったことから、恐らく前の住人の名前だろうと推測できた。
Nさん夫妻はすぐにその箱を檀家であるお寺に持って行った。お寺の住職は、詳しくは分からないが悪意のこもった呪物でしょう、と言って箱を引 き受けてくれた。それ以降、夜中の物音はピタリとやんだ。
「きっとご先祖様を大切にしてたから、大きな怪我を避けられたのよ。」
とNさんは言っていた。
ちなみに、一家は今もその家で暮らしている。

