おまじない

 世の中には、合わせ鏡やひとりかくれんぼなど、やってはいけないと言われる行為 がある。現在大学生のYさんは、知らぬ間にそういった禁忌を犯してしまったことが あると言う。
 Yさんが小学生のころ同学年の女子の間で、好きな人と両想いになれる というおまじないが流行ったことがあった。雑誌か何かに載っていたおまじないだ。実 際にそのお呪いをやって、二人の友人が告白を成功させると、好きな人がいる女子は 皆こぞってそのおまじないをやりはじめた。Yさんは特に告白したい相手がいたわけで はなかったが、仲間外れになるのが嫌で、好きな相手がいると嘘をついておまじない の方法を教えてもらった。

 それは一日ごとに爪に一つハートマークと好きな人のイニシャルを書き、消えずに十 日間残っていれば恋が成就するという、ごく簡単な方法だった。さっそくYさんはそ の日からおまじないを始めたのだが、イニシャルを書きたい相手がいない。皆爪は絆創膏で隠していたため見られる心配はないが、万一絆創膏が取れたとき言い訳ができる ように、自分のイニシャルを書いておいた。おまじないを初めて二日目の夜、Yさんは 小さな物音で目が覚めた。下の方からカリカリカリ、という物音が聞こえる。起きて音の正体を確かめようと思ったが、体が動かない。初めての金縛りに妙な物音、Y さんはすっかりパニックになってしまった。どうにか体を動かそうと苦戦していたが、 いつの間にか眠ってしまった。

 その翌日も翌々日も、同じように妙な物音で目覚め金縛りにあった。そして毎回、 眠るように意識を失ってしまう。やがてYさんはこの現象は、例のおまじないが原因 で起きているのではないかと感じ始めた。もうおまじないを辞めたかったが、学校は お呪いの話でもちきりで、おまじないをやっていない女子は最早いなかった。Yさんは 学校で仲間外れにされる方が恐ろしく感じて、結局おまじないを継続した。しかし、 深夜の金縛りだけでも何とかならないものか家族に相談すると、Yさんの母親が

「まず足の小指を動かしてみると良いって聞いたよ。」

 と教えてくれた。おまじないを初めてちょうど一週間、七日目のことだった。 その日もいつものように金縛りになった。  (きた!)と思い、右足の小指に全神経を集中させると、小指がピクリと動いた。小指が動いた途端、冷や汗がどっと噴き出て手足が細かく痙攣し始めた。力んでいた反動で筋肉が震えるのが分かった。ところが、両手だけがベッドに張り付いたように動かない。肩から下がベッドから離れないため、体を起こすこともできない。どうにか首を曲げて体を見てみると、人の形をした影のようなものが二体、布団の脇に正座していた。思わずかすれた声を出すと、影がふっと顔を上げた。顔も凹凸の無い真っ黒な影だったが、本来なら口があるだろう場所に、真っ白な歯が浮かび上がっていた。歯並びの悪い、やけに真っ白な歯だったという。影はゆっくりと顔を近づけ、やがて目の前まで迫り、そこでYさんはとうとう気を失った。

 翌朝すぐに両手を確認すると、七本すべての絆創膏がはがれていた。絆創膏の下にはお呪いのハートが変わらず書いてあったが、イニシャルを書いていた爪先がギザギザに切り取られていた。間を開けず、人の噛み痕だと理解した。カリカリと言う音は、影が爪を噛む音だったのだろう。その光景を想像して気分が悪くなったYさんは、すぐにハートを消しておまじないを辞めた。

 絆創膏を外しても、特に仲間外れにされることは無かった。
それどころか、Yさんに続くように何人かの女子がおまじないをやめた。
誰も何も言わなかったが、辞めた女子が皆爪を短く切りそろえているのを見て、何 となく互いに察していた。
 Yさんはこれ以降、迷信や都市伝説などは極力避けるようにしている。