案山子

 R君から聞いた話。
 R君は就職を機に、実家から出て一人暮らしを始めた。就職先から少し離れたところにあるアパートの一階の部屋を借りたのだが、そこは周りに田んぼしかないような田舎で、近所のコンビニまで自転車で15分かかる場所だったそう。しかし住めば都で、二カ月もするとその不便な暮らしに慣れ始め、自然に囲まれた環境も悪くないと思うようになった。

 アパートで暮らし始めてしばらく経った7月のことである。R君は夜中に尿意を催してトイレに行った。トイレには小さな窓が付いており、R君は換気のために家にいる時は常にこの窓を開けていた。窓からは月に照らされた青々と茂った稲田が見えた。寝ぼけ眼でぼうっと田んぼを見つめていると、ふと田んぼの端に案山子が立っているのを見つけた。 まだ穂が実るまでには時期があるのに気が早いな、と思ったそう。

 用を足し終わりズボンを履き、何の気なしに再び田んぼに目を向けると、案山子 の位置が変わっていた。田んぼの端に立っていたのが、今は田んぼの中心にある。別の案山子と間違えたのかとも思ったが、田んぼにあるのはその案山子一体だけだ。R君は寝ぼけて見間違えたのだと無理やり自分を納得させ、冷たい水で手を洗った。ぽつんと立つ案山子がどうも気味悪く思えてきて、はやく窓を閉めて寝ようと思った。

 そこで、R君は凍り付いた。また案山子が近くなっている。今度は見間違いなどではない。案山子は今、田んぼの端、R君の家の目の前に立っていた。案山子は微動だにせず、身につけている端切れのような服だけが風に揺られていた。R君は、そのまま案山子から目が離せなくなった。次に目を離せば、そいつが家の中に入って来てしまうような気がしたから。

 体感にして一時間か二時間、とにかく長い間その案山子と見つめ合っていた。やがて空が白み始めると、R君は眠りにつくように気を失った。数時間たって、R君は会社からの着信で目を覚ました。すぐに折り返し、昨夜の出来事は伏せてトイレで気絶していたことを話すと、病院に行くように言われ仕事は休むことになった。
 病院の検査では特に異常もなく健康であった。次の日出社した際に、長いこと近
所に住む人にそれとなく聞いてみたが、いわくも何も聞いたことがないと言われた。

R君は今もそのアパートで暮らしているが、それ以来、妙な出来事には遭遇していないそうだ。