みぐしさま

 真理子さんの家系には、女の子が生まれたときにだけ代々行われてきた風習があ る。真理子さんの家系の女児は、生まれたときから豊かな髪の毛を持っている。また、髪は老いてからも艶やかなこしを持ち続け、白髪すら生えないのだと言う。風習はこの髪の毛を使って行われる。
 まず生まれたばかりの女児の髪を専用の小刀で一房切り取る。そしてその子が七歳になるまで、髪を切り取った小刀と一緒に大切に保管する。七歳になると、それまで伸ばした毛髪を再び小刀で短く切り落とし、保存していた一房と合わせて本家の倉に奉納するのだ。奉納するときは髪の束ではなく一本の紐にして、倉に祀られているしめ縄に編み込む。

 この習慣がいつから始まったのかは誰も知らないが、しめ縄が人毛で真っ黒に覆われている様を見る限り、少なくとも五十年以上は続いてはいるようだ。黒いしめ縄は 『みぐし様』
と呼ばれ親戚一同とても大切に扱っていた。黒々とした人毛のしめ縄は美しく、黒い絹のようにも見えた。

 この風習のためか、真理子さんの家系では、染髪やむやみに髪を短く切ることを よしとしない。真理子さんも中学生まではそのしめ縄の様に、油気がない緑の黒髪の持ち主だったのだが、中学三年生のときに起こったある出来事がきっかけで、今では常に明るいショートヘアにするよう心がけている。

 その年の秋、真理子さんの従妹が七歳の誕生日を迎えた。真理子さんも従妹の誕 生日祝いと、例の風習のために本家を訪れていた。断髪中暇になった真理子さんは、ふとみぐし様を見に行こうと思い立った。本家に来る機会はなかなか無い。帰る前にもう一度だけ見ておきたかったからだ。悪いことをしているわけではないが、何だか後ろめたさを感じて、誰にも見つからないようにこっそりと倉へ向かった。入り口と反対の壁にみぐし様は祀られている。倉の扉を開けると、みぐし様はすぐに目に入った。それと同時に、みぐし様の真下に座り込む、痩せこけた裸の子供も目に入った。親戚の子供ではないようだ。子供は真理子さんに背を向けて一心不乱に何かしている。 見れば時折御髪様に手を伸ばしては髪の毛をむしり取っている。もしや、近所の子 供が入り込んで御髪様にいたずらしているのではないか。そう思った真理子さんは子供を止めようと慌てて倉の中へ駆け込んだ。子供は真理子さんが真後ろまで来ても気付かなかった。御髪様に手を伸ばし、髪を掴み取ってはその手を顔まで運ぶ。
ショリショリショリ、じゃりじゃり

 幽かな音が聞こえる。真理子さんはその音と動きで子供が何をしていたのか察した。先ほどまでの憤りはすっかり消え失せ、氷をあてられたように背筋が冷えた。幸いなことに、この子はまだ気が付いていない。ゆっくり離れて大人を呼びに行こう。真理子さんは音をたてないよう慎重に後ずさった。ところが数歩移動したとき、今まで脇目も振らずに髪の毛抜き取っていた子供の手が、突然動きを止めた。やがて前後に小さく揺れながら「ウー、ウー」と動物のような唸り声を出し始めた。男の子か女の子かもわからない程のしゃがれ声だった。その揺れと唸り声は次第に大きくなり、やがて頭が取れんばかりの激しい動きと叫び声に変わった。真理子さんが恐怖でその場にへたり込むと、子供はぴたりと動きを止めてゆっくりと彼女の方へ振り返った。泥のように濁った肌と、唇や歯の隙間からはみ出た髪を見て、真理子さんはとうとう気を失った。

 真理子さんはその後、いつまでたっても戻らないことを心配した彼女の両親によって発見された。彼女自身はまったく記憶に無かったが、どこから持ってきたのか、古いつげ櫛でみぐし様を梳いていたらしい。前後に揺れながら髪を梳かす姿は我が子ながら不気味だった、と後に両親は言った。この体験をしてからというもの、常に後ろ髪を引かれるような感覚が真理子さんを付きまとった。あの子供に引き寄せられる気がして耐えられなくなった真理子さんは、長年伸ばした髪をばっさり切り落とした。また、高校性になると髪を明るく染めて本家からも距離を置いた。

 以来、一度も元の髪色にはもどしていないそうだ。