彼岸花
これは去年の秋、春香さんが実際に体験したという話。時期は九月の終わりから 十月の終わりまでで、朝晩が少し肌寒くなりはじめたころのことだ。春香さんは当 時大学四年生で、就職活動のために連日忙しく出かけていた。春香さんは主に隣の 県で就活をしていたため、早朝家をでて夕方か夜にアパートへ帰るスケジュールがほと んどだった。
異変が起こったのは、九月二十五日の夕方のことだ。その日は面接が一つ中止になり、 いつもより早めの時間にアパートに帰った。その帰路に住宅街を通るのだが、その中 の一軒の玄関先に彼岸花が落ちているのを見つけた。白い彼岸花で、茎から折られて いるようだった。春香さんは、家の人が飾りに摘んだものが落ちたのだろう、そう思っ たらしい。春香さんの自宅周囲には赤い彼岸花しか咲いておらず、珍しく思った彼女 は花をスマホで撮影して帰った。
当時春香さんは就活の自己分析のため、スマホの日記アプリにその日あったことや 面接の感想などを書くことを日課にしていた。その日は、面接内容の他に彼岸花を 見つけたことと、その写真も日記に書き加えた。
次は九月三十日だった。その日は就活もなく、春香さんはのんびり家事をして過 ごしていた。夕飯の買い出しを行い、いつもの道を自転車で帰っていた時、今度は住 宅街を抜けた先にある、クリーニング屋さんの軒下に白い彼岸花を見つけた。以前 見かけたことをすっかり忘れていて、珍しく感じて再び写真を撮った。家に帰り、日 記にその日のことを記録しようとして、つい五日前に同じ色の彼岸花を見ていたこと を思い出した。珍しいこともあるのものだと思い、SNS にも花の写真を投稿したそ うだ。それからしばらく白い彼岸花がどこかに咲いていないものかと気にしながら帰 宅していたが、一度も見かけることは無かった。
その次に彼岸花を見つけたのは、十月八日のことだった。その日は学校に用事があ り、帰宅したのは午後五時。前と同じように春香さんが自転車で帰宅していると、 アパートの斜め向かいにある家の門前に、白い彼岸花を見つけた。春香さんの自宅は入り組んだ場所にあり、アパートまでは何度か分かれ道を通らなければならない。遊びに来た友達でさえ迷う場所にあるのだ。その道すがら、三度も同じ色の彼岸花を 見つけるなんてことあるのだろうか。少し不気味に感じた彼女は、写真を撮らずに 家に帰った。白い彼岸花が、春香さんに向かって徐々に近づいてきているように思え たのだ。
次に彼岸花を見つけたのは少し時間が開いた十月二十二日だった。そして、これが 花を見かけた最後の日になる。その日はとある会社の面接を受けてきた帰りで、時 間はちょうど午後五時。徒歩で帰った春香さんは彼岸花を見つけた。前と同じく、 白い、茎から折られた彼岸花だった。花が落ちていたのは、自宅アパートの駐車場前 だった。
見つけた瞬間少したじろいだものの、何の変哲もない彼岸花だ、怖がることは無い と自身に言い聞かせてそれを手に取った。まじまじと彼岸花を眺めていると、背後か らバサッ、と乾いた何かが地面に落ちる音が聞こえた。驚いて振り返ると、春香さん の真後ろに白い彼岸花が落ちている。それも一本や二本ではなく、少なくとも二十本以上、大人が両手を使ってやっとつかめるほどの量が、綺麗に向きをそろえて置いて ある。しかも、手に持っている彼岸花とは違い、泥のついた球根ごとだった。まるで ついさっき引き抜いてきたかの様だった。
周囲には誰も居らず、妙なほど静かだった。鳥の声や車の音すら聞こえない。急い で帰った家の中には異変は無かったが、そのまま一人でいることに耐えられず、友人に 頼んで迎えに来てもらい朝までファミレスで過ごした。友人が迎えに来て家を出る時 には、もう駐車場に花は無かった。
この体験以降、春香さんは妙なことに出くわしていないそうだが、今でも夕暮れ時 に家路につくのは少し怖いのだそうだ。

