ふくろう人間
真奈美さんは鉄道オタクならぬ、飛行機オタクである。 旅行や帰省時には少々高くても進んで飛行機を利用するし、特に用事が無くとも空 港に出向き、一日中離着陸する飛行機を眺めることもある。飛行機以外にも、レストランや展望デッキなども含めた、空港全体の雰囲気が好きなのだという。真奈美さんがとりわけ好きなのは夜間の空港である。昼間と違うまったりとした空気や、 誘導灯に照らされる滑らかな機体が好きなのだそうだ。そのため真奈美さんが空港 を出るのは、たいてい夜十一時を過ぎており、空港に直結する駅から終電で帰宅する。
空港内で過ごしていると真奈美さんは必ず妙な人を目撃するのだそうだ。不審者 とか、浮浪者などとは違う。真奈美さんはその人たちのことを「ふくろう人間」と 呼んでいる。
ふくろう人間は見た目こそ普通の人であるが、首以外動かない。そして全く動かふくろう人間 ずに同じ体制で、一時間も二時間もそこに居る。初めは真奈美さんも、移動で疲れた人たちなのだろうと特段気に留めていなかった。見るたびに年齢や性別は様々だったことも原因の一つだろう。品の良い老紳士なこともあれば、大学生ほどの女性なこともあった。彼らは一様に、まんじりともせず、ただ真奈美さんを見つめてくる。移動すると動きに合わせて首だけを回し、変わらず見つめる。目が合っても、会釈するだとか話しかけてくることはない。やがてその空気に耐えられなくなった真奈美さんの方から目をそらしてしまうのだ。
ふくろう人間は日によって数も違う。カフェに 五人もいた日もあれば、たった一人とすれ違っただけの時もあった。視線を感じて周 囲を見ると大抵居る。気味は悪いが、夜間の空港でしか出会わない上に何かされる こともないので、真奈美さんは彼らを気にしないようにしていた。
昨年の冬のことである。真奈美さんはその日も夕方から近くの空港に足を運んで いた。年末前の平日だからか、空港はいつもよりも閑散としていた。肌寒く風も強かっ たため、その日は展望デッキを諦めて室内から飛行機を眺めることにした。三時間 ほど眺め、レストランで食事をとり、さて帰ろうかと歩き始めたとき、ふとその日一 45 度もふくろう人間を見かけていないことに気が付いた。これだけ過ごしてふくろう人間に会わないのは初めてのことで、少し驚いていた。
デッキから駅までは徒歩で約七分ほどなのだが、この道すがら、駅と空港を結ぶ 通路に長い水平エスカレーターがある。長さは五百メートルほどだ。真奈美さんはよ ほど急いでいるとき以外は、きちんと止まって移動するようにしていた。その時も止 まって携帯をいじりながら乗っていた。
すると、どこからか視線を感じる。携帯から顔を上げて見まわすと、前方、向か い側の歩道に乗っている男性が真奈美さんを見ていた。キャリーケースを右手に持ち、 スーツの上に赤色のダウンジャケットを着た若い男性だった。真奈美さんはふくろう 人間を空港内でしか見たことが無く、駅の方からやって来るのを見て少し驚いた。さらに互いに仕切られているとはいえ、それほどの近距離で見るのは初めてであったた めに軽く動揺した。困惑しながらも、いつものごとく目を合わせないように手元の携 帯に集中した。徐々に距離が縮まって、男性が目の前までやってきた時、真奈美さん は好奇心から思わず顔をちらりと上げてしまった。案の定目が合うのだが、それを見た真奈美さんは何か違和感を覚えた。違和感の正体を確かめたくてしばらく見つ めていたが、分からない。そうして気を取られていると手に持っていた携帯を取り落 としてしまった。慌てて拾いあげ、すでに後方へとすれ違った男性を見たとき、真奈 美さんは違和感の正体に気が付いた。
首の曲がり方がおかしいのだ。普通は後ろを見ようと首を曲げれば、引っ張られ た皮がしわになるし、どんなに太っていても多少筋が浮き出るものだ。しかし男性に はしわも筋もない。良く見れば喉仏がずっと正面に見えている。まるでマネキンの首を根元から動かしているかのように、男性は首ごとゆっくり回転する。やがて男性の首は体と百八十度反対の向きになった。夜とは言え、煌々とした通路内でのことだ。 そのまま男性と見つめあい、エスカレーターの終点に気づかず前につんのめったところ でようやく恐怖がこみ上げてきた。そこからは駅まで一度も振り向かずに走り続けた。
その後しばらく真奈美さんは昼間でも空港に行くのを避けていたが、現在は以前のように飛行機を眺めに言っているそうだ。 今でも夜になると視線を感じることがあるが、そちらを見ないように心がけている。

