祭りのあと
今から四十年も前のことである。 当時小学生だった敦さんは村の秋祭りに参加していた。祭りは正午より始まり、昼 間は子供が神輿を担いで村を練り歩き、夜になると大人が交代して神社まで神輿を 戻すという風習だった。子供神輿では、道に屋台や出店が立ち並び、お囃子にあわ せて掛け声をかけ、大変にぎやかな祭りだったという。近場の村人や観光客も祭り を見に訪れていたそうだ。
しかし大人が神輿を担ぐ夜の部では、部外者の立ち入りが厳しく禁止されていた。 その日の夕方になると屋台のみでなく、旅館や小売店までも早々に閉店し、村内の 者であっても、十八歳以下の子供は家から出ないようにきつく言い渡されていた。以 前敦さんより七つ年上の悪童が、好奇心から大人神輿の様子を覗いたことがある。 覗いていたことが大人にばれた彼は、今では考えられないのだが、村の大人から酷い折檻を受けて、膨れ上がった顔で翌朝社務所から解放された。
この話は子供たちの間で語り継がれ、夜祭りへの恐怖を植え付けた。敦さんも他 の子供たちと同じように、子供神輿が終わると速やかに家へ帰っていた。しかしその 年の祭りの日、子供神輿が終わって家へ帰った敦さんは、無断で持ち出した父親のカ メラを置き忘れてきたことに気が付いた。高価なもので、敦さんは触ることすら禁止 されていたカメラである。無断で持ち出し、挙句の果てに無くしてしまったと父が知 れば、どんなに恐ろしい目に合うか。敦さんは想像して身震いした。そして夜祭りの 恐怖と父親の怒りを天秤にかけた結果、敦さんは夜祭りに忍び込むことを選んだ。 幸い、家人は皆夜祭りに出かけていた。カメラは恐らく開始地点の神社か、途中休憩した公民館に忘れてきたのだろう。
おおよその目星をつけて、まずは家の近くの公民館を見て回った。中も外も確認 したが、カメラは見当たらなかった。ということは神社だ。大人神輿が神社に帰って くるまでには探して戻らねばならない。敦さんは急いで神社に向かった。
大人と鉢合わせる可能性を考えて、参道とは逆の裏道から入った。敦さんの想像祭りのあと 通り、カメラは社務所の入口付近に落ちていた。安堵してカメラを取り、先ほどと同じように裏から帰ろうと社務所を出たその時、裏道の方から人の声が聞こえてきた。数人が会話するような声だ。敦さんは驚いて参道へと身を翻した。夜祭りの詳細は 大人しか知らない。敦さんは、大人神輿は裏から帰ってくるのか、危なかった、と胸 をなでおろした。
あたりはすっかり暗くなっていたが、参道の左右に並ぶ石灯籠の光が周囲を薄く照 らしていた。早めに気づいてよかった、と考えながら後ろを振り向くと、後方の石畳 の上に人が立っているのが見えた。敦さんは大人に見つかったのだと思い、とっさに灯 篭の影に身を隠した。ばれただろうか。そっと灯篭の影から頭だけを出して覗いてみ ると、人影は居なくなっていた。さらに身を乗り出して探すと、先ほど人影が立っていた真横の灯篭から、敦さんと同じように半身を出す影が見えた。反射的に灯篭に隠れたが、どうも相手は子供であるようだった。確認するためにもう一度灯篭から頭 を出すと、向かいの人影も遅れて頭を出した。遠くて細かい部分は分からないが、や はり子供のようだった。そこで気が付いたが、相手の子供は敦さんの動きを真似している。敦さんが手を振ると一泊遅れて相手も手を振る。一瞬面白く感じたが、ふと、あの子はなぜここにいるのだろうと疑問が湧いた。皆先輩の話を知っているから夜祭 りに忍び込もうだなんて思わないだろうし、敦さんだってカメラを忘れていなければ 出歩かなかった。それに村の子供は大抵顔見知りだが、その子は友達の誰とも似てい ない。
薄闇の神社に知らない子供。敦さんは急に怖くなり、手を振るのをやめて灯篭に 隠れた。もう一度頭を出して確認したが、その子は変わらず手を振り続けている。 しかし先ほどとは何かが違う気がする。再び顔を引っ込め、今度は長めに隠れて覗い た。その時敦さんは違和感の正体に気が付いた。少しずつ近づいて来ている。敦さん が顔を隠すたびに、その子は一つ前の灯篭へと移動しているのだ。初めに敦さんが隠 れたときは一秒ほどだった。その間に一つ前の灯篭に移動するなんてこと不可能だ。 第一、少しも体制を変えずに移動して手を振り続けるなんてことは無理だろう。
そこまで考えて、敦さんは参道へ飛び出した。後ろからクスクスと子供が笑う声が 聞こえてきたが、振り返ることなく走った。子供の声はいつの間にか聞こえなくなっ ていたものの、決して振り返らなかった。家に着くと風呂にも入らず布団へ入り眠りについた。
結局、写真を現像した際に父親にカメラを持ち出したことはばれてしまったが、 夜祭りに行ったことは誰も気付いていなかった。
敦さんもまた、大人にこの話をすることはなかったという。

