家守

 Tさんは、山口県のH市に実家を持つ女性である。Tさんの実家のある町は街並みが昔から変わらず、Tさんの実家自体も築三十年ほどの平屋家屋だ。元は貸家であったものを二十年ほど前に両親が買い取ったのだった。このTさん宅の隣にも、全く同じ造りの平屋が賃貸物件として残っていた。Tさんの実家同様、古い木造家屋ではあるが、家主が定期的にリフォーム工事を行い綺麗に保たれていた。家とは庭を共有しており、中間にある井戸を境に互いの敷地が分かれていた。庭付きリフォーム済みの好条件である。ところがこちらの平屋に入居した人は皆、短期間で引っ越していってしまう。最長でも一年、早いと二カ月ばかりで皆家を出ていくのだった。

 Tさんが小学生の時、若い男性がペットの大型犬と共に隣家に引っ越してきた。この男性は人当たりがよく、Tさんに対しても優しく接してくれていた。そのためTさんも男性に懐いて、よく一緒に犬の散歩へ行ったり、家に上がって宿題を見てもらったりしていた。たまに晩御飯に呼ぶこともあり、家族ぐるみの付き合いであったそうだ。
 しかし男性が越してきて二カ月がたったころ、いつも散歩する時間になっても、家から出てこない日が数日続いた。家族に聞いても姿を見ていないと言う。それからしばらくたったある日の晩、男性がTさん宅を訪ねてきた。男性は目の下に濃い隈を造り、目もどろりとして、全体的に痩せこけているようだった。その変わりようにTさん一家は仰天した。一体どうしたのかと母親が尋ねると、男性は

「夜になると井戸から、何かが這い出てくるのが聞こえる。それは家の周りを何周も回ってまた井戸に戻っていく。夜が恐ろしくて眠れなくなってしまった。」

 と答えた。そしてTさん達にそいつに効くお守りや対策など、何か知っていることはないか、と問いかけた。
 Tさん一家は長年住んでいたが、そんな音は一度も聞いたことが無かった。
「申し訳ないが、対策などは分からない。うちには仏壇も置いていないし、特に神様を信仰しているわけではないので、特別なお守りなども無い。」    それを告げると、男性は目に見えて落胆した。その悲痛な姿に、Tさん一家も何か協力できることがあれば言ってくれ、と声をかけることしかできなかった。  その翌日、学校の宿題を解いているときにTさんはあることを閃いた。Tさんの家は古いが故に虫も多い。そしてそれを狙ってやってくるクモや爬虫類も多かった。特にヤモリは、家のどの窓を見ても必ず一匹は居て、さらに家の中でも見かけるほどだった。
 Tさんが目を付けたのはこのヤモリである。ヤモリは害虫から家を守ることから、家守とも書かれる。Tさんも祖母からヤモリは家の守り神だから、むやみに殺さないようにと言われて育った。Tさんは、自宅が井戸のお化けから守られているのは、ヤモリのおかげではないか、と考えたのである。さっそく、家の窓に張り付いていたヤモリを数匹虫かごに入れると、隣家へと足を運んだ。隣家の男性はヤモリの効果を信じてはいなかっただろうが、虫かごごとTさんの好意を受け取ってくれた。

 その翌々日、Tさん宅に男性が豪華な菓子折りを持ってやってきた。まだやつれてはいたものの、目に輝きが戻っていた。

「昨日、お宅のヤモリを頂いてから、井戸から来る音が聞こえませんでした。」

 本当にありがとうございました、と言って頭を深々と下げた。家族には勝手なこ とをして、と軽く注意をされたが、男性に免じて怒られることはなかった。    今でも男性はその家に住み続けている。ヤモリには豪華な専用の水槽が用意されたという。