ないないさん
これは小百合さんが高校生のとき友人のアイさんから聞いた話。
小百合さんの地元は田舎にあり、通学が不便なため高校では寮生活をしていた。 小百合さんのルームメイトには、先輩二人の他にアイさんという同級生がいた。偶然なことにアイさんとはクラスも同じで、二人はすぐに仲良くなった。
入学して3カ月ほどたったころ、同室の先輩たちが部活の遠征で丸一日帰って来ない日があった。普段は先輩に気を使い、共用部分以外では極力話さないようにしていたため、その日は部屋にお菓子を持ち込んで気兼ねなく一日中おしゃべりをしていた。夜になり、どちらからともなく、怖い話をし始めた。小百合さんが地元の噂を話し終えると、アイさんも彼女の地元にある都市伝説を話してくれた。内容は次のとおり。
アイさんの地元の駅では昔飛び降り自殺があった。失恋した女の人だったり、受験に失敗した男子学生だったり、どれが本当かはわからないが、いろんな噂があった。ただ噂には一つ共通している部分がある。それは、見つかった遺体から目が無くなっていた、という点だった。衝撃で飛び出たという訳ではなく、何者かが無理やりえぐったような傷がついていたそう。この噂の真偽はわからないが、実際に飛び降り自体はあったようで、駅の線路わきにお地蔵さんと小さな慰霊碑が立っている。
けれどいわくがあるのは駅の横にある駐輪場だった。その駐輪場はトタンの屋根と壁で囲まれていて、出入り口が一つしかなかった。駅の利用者自体がそんなに多くないため、混雑することはめったになかったという。またいつも電灯が一つか二つ切れていて薄暗かった。この駐輪場に出る、のだという。それは「ないないさん」という名前で呼ばれている。
夜遅く、一人で駐輪場にいるとリンリン、と自転車のベルの音が聞こえてくる。その駐輪場では曲がり角や柱で視界が悪いときに、ぶつからないようベルを鳴らすルールだった。当然人が通るものと思い通路からよけるが、誰も通らない。様子をうかがおうと思って反対側を除くと、自転車を持っていた無い、ただこちらを向く人が立っている。顔は見えない。なぜならその人は顔を、具体的には目を両手で覆っているからだ。不思議に思っていると、その人はゆっくり顔から手を放そうとする。少しずつ顔が見えるとおかしいことに気が付く。その人には白目がない。黒目だけの大きな瞳で見つめてくる。これが、ないないさんだ。ないないさんの顔を見てしまった人は、行く先々でないないさんが見えるようになってしまう。
しばらくすれば見なくなるが、見えている間は昼も夜もなく、人ごみの中、学校 の廊下など、様々な場所に顔を手で覆う人が混じるようになる。老若男女問わず、 その時々で見た目は変わるものの、必ず顔を隠しているからすぐにわかる。そして、駐輪場で見たときのように、ゆっくりゆっくり手を放していく。三回その顔を見てしまうと呪われて、あの世に連れていかれるのだと言われている。これはアイさんの地元では有名な話しであるため、皆出会っても手を放す前に逃げるのだそう。
小百合さんはこの話を聞いてすっかり怖くなってしまい、気を紛らわせようとして
「嘘や〜!○○ちゃんとか×× ちゃんとかも地元同じとこやろ?けどそんな話聞いた ことないもん!」
とおどけて言って見せた。するとアイさんは少しムッとして
「ほんとやもん!言わんのは話したら呪われるからやって!」
と言った後、しまった、というような顔をした。アイさんは言いにくそうだったが、しぶしぶ話し始めた。
元々ないないさんは、アイさんの地元から出ることはなかった。その性質を利用して、二回顔を見てしまった人はしばらく地域の外で暮らし、ないないさんから逃れていた。しかし、ないないさんについて地域外の人に話してしまうと、話をした人は地域を出ても付きまとわれるようになってしまうのだという。けれども、去年駅横にあった慰霊碑が改修工事で壊されてしまったことをきっかけにないないさんは地域問わずどこにでも付いてくるようになってしまった。そのために、もう話そうが話すまいが関係なくなった。「だから、話したの。」とアイさんは説明した。
小百合さんが三年生のとき、アイさんと同じ地区出身の生徒が高校の駐輪場で亡 くなる事件があった。殺人の可能性も含めて調査されたが心臓発作ということで片 付いた。アイさん含む同郷の子たちは、三回顔を見ちゃったんだよ、と言いあってていた。 小百合さんは幽霊を信じているわけではないが、アイさんの地元駅にはできるだけ近寄らないようにしているという。ただ、来年には例の駐輪場が取り壊され移設されると聞いた。
ないないさんは、どうなるんだろうか。

