お盆

 これは里奈さんが小学一年生の夏に実際に体験したで出来事。 里奈さんの実家には、お盆には親戚一同でお墓参りに行くという毎年の恒例行事が あった。その年のお盆、里奈さんは三つ上の従姉と、従姉の家族と一緒に祖父母の家 に宿泊していた。いつもは早朝の涼しい時間帯にお墓参りをするのだが、その年は彼 女の両親の休みが取れず、仕事終わりの夕方から行くことになった。

 墓地につくと大人たちは墓の掃除に取り掛かり、里奈さんと従姉は墓の周りで遊 びはじめた。お墓は小高い山の頂上付近にあり、山裾にある寺までたくさんの墓が 迷路のように並んでいる。

 普段なら墓地で遊ぶと怒られるのだが、お盆の時期だけは「賑やかにするとご先 祖様が喜ぶ」と言われていていた。掃除が終わればそのまま墓で花火をするため、里 奈さんは墓参りは楽しいものなのだと思っていたそう。

 里奈さんの家の墓より上は、道は続いているものの、低い松の木が茂っており先が 見えなくなっている。それまで二人はて山を登ったことがなかったのだが、その年は 探検ごっこで山頂まで登ることになった。山道をしばらく進むと足元の地面はコンクリートから赤土になり、あたりは松林から鬱蒼とした樹林に変わった。急に暗くなっ た山にいっそうの気味悪さを感じて、従姉にぴったり付いて歩いていると突然従姉が走り始めた。後に聞いた話では、里奈さんの面倒を見ることに嫌気がさした従姉は、 少し意地悪してやろうと思い逃げたのだそう。

 幼い里奈さんはあっという間に従姉を見失ってしまった。頂上へ向かえばいつ か見つけられるだろうと考え、里奈さんは再び山を登り始めた。するとすぐに左右 の墓がなくなり、広場のような場所に突き当たった。その広場の奥には、三分の一ほ どが雑草に埋もれた自販機があり、横に石を重ねただけの簡素なベンチが設置してあった。

 ぼうっと広場を眺めていると、真後ろから女の人に声をかけられた。振り返ると そこには白いカーディガンをはおり手に仏花を持った女性が立っていた。女性は目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。里奈さんが突然のことに反応できずもごもごしていると女性は

「汗すごかねえ、暑かろ?向こうで話さんね?」

 と彼女をベンチに座るように促した。 ベンチに座り墓参りに来たことや従姉とはぐれたことなどを女性に話していた。もう 一度一人であの暗い山道を通ることを想像し、憂鬱になっていると女性はそれに気づき

「お墓参り終わったら、私と行こうか。」

 と笑いながら助け舟を出してくれた。

「すぐ終わらせるけん、ジュース飲んで待っとってね」

 と女性は言い、隣にあった自販機で缶のオレンジジュースを里奈さんに買って、脇 の茂みに入って行った。なかなか開かない缶の蓋と格闘していると、従姉が里奈さんの名前を呼びながら広場に入って来た。置いていかれたことも忘れ従姉の元へ走った時、広場の端から女性が茂みをかき分け戻ってきた。従姉妹を見た女性は

「あら、お姉ちゃん見つかったとね。あ、お姉ちゃんにもジュース買ってあげようか。」

 と従姉にも声をかけた。返事をしない従姉を不思議に思って見ると、変な顔をし て固まっていた。口を一文字にむすび、歯を食いしばっているのか、むっつりと押し黙っている。従姉が返事をしないので女性はまた

「ねえ、何のジュースが良い?」

 と従姉に聞いた。従姉はまたしばらく黙って

「いりません」

 と緊張したように言う。そして里奈さんの手を握り強引に山道へ引っ張って行く。 里奈さんは従姉の態度にとまどいつつ、女性にさよならを言おうと振り返った。する と女性は二人の方へ足に雑草が絡むのも気にせず早歩きで向かっているところだった。 二人のすぐに目の前まで来ると、女性は里奈さんの空いている方の腕をつかみ何かを 握らせる。

「一緒に行けんね。それやったら、お姉ちゃんにもこれでジュース買ってあげて。」

  女性の笑顔はどこか不自然だった。女性は里奈さんの手をもう一度ぎゅうっと包ん だ後、素早い動きで立ち上がり広場の奥へと戻って行った。里奈さんは手のひらに握っているものを、おそらく従姉の分のジュース代だろうと予想して
「これ」と従妹に差し出すように手を開いた。

 開いた彼女の手に乗っていたのは、汚い、人の歯だった。なぜか全体的に泥がこびりついていて、赤い血と肉片のようなものも付いていたという。二人とも手をあけた 瞬間はそれが何なのか理解できずにいたが、従姉の小さな悲鳴を聞き里奈さんも手に 乗ったものをはたき落した。そのままの勢いで、二人は家族の元に逃げ帰った。墓で 待っていた家族に息を整えもせず女性のことを話したが、子供のつたない説明ではう まく伝わらなかったようで、里奈さんが知らない人に話しかけられただけ、と理解したようだった。

 翌年から里奈さんが嫌がったためしばらく墓参りにはいかなかった。何年か経ち、また墓参りに行けるようになったとき、里奈さんは従姉に当時何があったのかを聞いた。

 あの日従姉は私から逃げた後広場の少し先にある山の頂上で里奈さんを待っていたのだが、いくら待っても来ないことにしびれを切らし降りてきたのだった。そこでベン チに座る里奈さんを見つけたのだが、そのあと出てきた女性の姿を見て従姉は恐怖に固まってしまう。

 従妹には女性が、ぼさぼさに伸びた髪の毛にヨレヨレの服を着た汚い女に見えてい た。さらに女は血まみれの左手に枯れた花束を持っていた。 従姉は、その異様な姿の女を見て、何としても里奈さんを連れ戻さなくては、と感じたという。最後に里奈さんに歯を握らせたとき、従妹は髪の毛の隙間から女性の 顔を見たそうなのだが、どんな顔をしていたのかは教えてくれなかった。

  現在は、以前のように毎年親戚一同で墓参りをしているが、里奈さんも従妹も、絶対に山には入らないようにしているそうだ。