ランナー

 H君は仕事終わりに、家のそばの公園でランニングすることを日課にしていた。七 月の某日、その日は金曜日で仕事が長引き、帰る時間が遅くなってしまった。ランニ ングを始めたのは夜十時で、H君の他に走っている人はいないようだった。ゆっくりとならし始め、さてペースを上げようかと思ったその時、後ろから走って近づく足音が聞こえた。タッタッタッと聞こえるその音から、H君は自分よりもかなりハイペースだな、と感じて左側に身を寄せた。そのランニングコースでは追い越すときは右側を通って行くのがルールだった。

 H君は相手が通りやすいようにしばらくゆっくり走ったのだが、一向に追い越す気 配がない。ちらりと後ろを見ると、黄色い蛍光色の靴が視界の端に見えた。さらに振り返り様子を伺うと、後ろにいたのはH君と同じくらいの年の若い男性だった。男性はH君を見ており、目が合うと声をかけてきた。

「僕二周目なんですけど、この先整備中で通れなかったですよ。」

 急に声をかけられたのでH君は驚いてどもってしまったが、返事をした。

「そうですか、わざわざありがとうございます。」

 そう言って引き返そうと向きを変えたところ、男性に止められた。

「大丈夫です。ほら、そこの小道があるでしょう、あそこから反対側に抜けられるんです。」

 男性は道から外れた藪の切れ目を指さした。

 確かにそのまま進めば反対側に出られるだろうが、暗く足元も見えないし、半ズ ボンなので藪の中に入るのは気が進まなかった。男性に来た道を引き返すことを伝えると、男性はなおもH君を小道に誘ってくる。

「大丈夫です、僕が先導しますよ。懐中電灯だってありますから。一緒にいきましょう。」

 初対面だと言うのにあまりにもしつこい男性に対し、H君は不信感が募っていった。 少し苛立っていたが彼が再度丁重に断ると、男性はしばらく黙り

「そうですか、やっぱりそうですよね。」
 
 と言うと、一人で藪の小道を走って行った。

 翌日、H君が通勤時に公園前を通りかかると、入り口に立入禁止のテープが張られ、 警察官が立っていた。公園のそばに住む同僚の言うことには、昨夜その公園で首吊りがあったのだと言う。早朝公園を散歩していた住民がそれを見つけ、警察に通報したらしい。遺体が発見されたのは、ちょうど昨夜男性が入って行った藪の少しの場所だったようだ。同僚は自宅の窓から遺体が運び出されるのを目撃したという。

「体は隠されてて見えなかったんだけどさ、黄色い靴?がちらっと見えたよ。いやあ、 朝からえらいもん見た。」

 同僚はそう言っていた。
 もしも昨日男性について藪に入っていたらどうなっていただろう、と考えるとH君 は心底ぞっとした。