一目惚れ
父の友人のM さんは、齢六十五にして大変なプレイボーイである。 「死ぬまで彼女を絶やさない」
と口癖のようによく言っている。父とは二十年来の付き合いだが、出会った時には今と同じように遊びまわっていたのだと言う。以前、Mさんが女性関係でトラブルに巻き込まれ、入院沙汰になったことがある。Mさんを見舞いに行った父は、なぜそんなにも女遊びが激しいのか、と諫める意味も込めて聞いたらしい。すると、Mさんは次のような昔話を聞かせてくれた。
Mさんは両親との折り合いが悪く、高校を出てすぐに県外に就職し、一人暮らしを始めた。大したお金も持っていなかったMさんに、はじめに不動産屋が案内したのはいわゆる事故物件だった。当時は今と違って、自分で物件について調べることが難しく、事故物件であることを隠す仲介会社も多かった。案内した不動産屋は事故物件であることを伝えたうえで、部屋の前まで来ると、鍵だけを渡して決して中には入ろうとしなかった。立地もよく中も綺麗であったが、戻ってきたところに清めの塩を振りかけられたことがとどめとなって、その物件に住むことはしなかった。
しかしその内見を境にして、Mさんの身の回りで奇妙なことが起こり始めた。帰ると風呂に湯が張られていたり、散らかしたままの服が知らぬ間にたたまれていたり、知らぬ間に誰かが家事を終えているのである。まるで女性と同居しているような生活だった。困ったことになったのは、Mさんに恋人ができてからだった。
恋人になって一週間で、相手から唐突に別れを告げられた。理由を聞くと、付き合い始めてから毎夜枕元に恐ろしい形相の女が立ち、Mさんと別れるように繰り返すのだという。それからというもの、付き合う女性は皆、はじめの恋人と同じことを言い、誰一人として長続きしなかった。Mさんも耐えかねて、友人に紹介してもらった霊能者に見てもらった。すると霊能者は、Mさんには事故物件に縛られていた女性の霊が憑いているのだと言った。霊は内見しに来たMさんに一目惚れして憑りついたということだった。祓うことは不可能だから、自然に離れていくのを待つ方がいいと助言され、それからMさんは誰とも付き合うことなく過ごした。憑いている霊はかなり嫉妬深いようで、仲良いだけの女性の元にも表れることもたまにあった。
霊がいなくなったのはMさんが四十歳の時であった。ある日買い物をしていると、ふっと肩が軽くなったのを感じた。思わず立ち止まりあたりを見回すと、すれ違った若い男性の後ろに、ピッタリと女が張り付いているのが見えた。頭が半分へこんでいたため、すぐに人間ではないと気付いたという。
その日から急にMさんの身の回りは正常に戻り、女性と仲良くなっても何の支障も出なかった。
「幽霊の女も怖かったけど、生きとる女も怖かった。次からは気いつけるわ。」
Mさんが笑いながら父に語った話だ。

